千と千尋と人生が変わる神話について

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さて、今日はようやく、お待ちかねかどうかはわからないけど、気分が乗ったので、千と千尋について書こうかな。

本当は昨日書く予定だったけど、昨日はポケモンについて、ふとアイディアが降ってきたから、予定変更で書いたのだ。

アイディアは鮮度が大事だからね。着想した瞬間に勢いで、書いてしまわないと消えてしまう。

まぁ、いいや。
前置きが長くなるのはめんどうだし、さっさと本題に入る。

まず、千と千尋の世界観はどうなっているかというと、あれはヤクザと風俗という裏社会の物語なのだが、子供達にもおもしろく見てもらえるように、かわいい感じのテイストで描写されている。
 
以前、千と千尋はユバーバの鳥を頂点とする、食物連鎖の構造になっていると言っただろう。

実はこの食物連鎖の本質はヤクザの階級を表しているのだ。

物語の最初の方で、千尋のお父さんとお母さんが勝手に食べ物を食い散らかして豚にされてから物語が展開されていっただろう。
 
あれは両親が借金を背負って、子供の女の子が風俗で働くためにヤクザに体を売ってお金を稼ぐという現代でもある若い女性の最終手段はからだを売るというのを表したものだ。

実際、ユバーバに働かせてくださいって頼みに行った時も、「きつくて、死んだ方がマシとも思える仕事なら与えてやってもいいけど」みたいなことを言っていた。

あれもまさに女の子に、きもいおっさんから何されても文句は言うなよってヤクザから契約の時に言われているように聞こえる。
 
そして、契約の時、名前を取られたのも、夜の世界では本名ではなく、源氏名で活動することを表している描写と言える。

ハクも言っていただろう。

「名前を忘れたら、元の世界には戻れなくなる」と。それは夜の世界に浸りすぎて、からだを売りさえすれば、簡単にお金を稼げてしまうという価値観が染みついてしまうと、若さを失ったときにどうしようもなくなるということを表しているのだ。
 

そして、ヤクザの特徴として彼らは怖いんだけど、義理難いところもある。つまり、約束したことに関しては筋を通すのだ。

だから、ユバーバも千尋が働かせてくださいと言えば、ちゃんと契約したし、最後に豚の中から両親を当てられたら、千尋と両親を元の世界に戻すという条件で千尋が勝利したら、ユバーバは潔く解放した。
 
ヤクザはお金を貸したのに逃げたりする輩にはボコボコにしたりするが、筋を通す人には案外、優しいのだ。怖い系の人に一部のファンがいるのはこういうギャップがあるからだろう。

普通の人に優しくされるよりも怖い人に優しくされる方がなんか嬉しいしね。
 
怖い→優しいのギャップはかなり強い。
 

そして、あの物語は陰と陽の二つの概念が人を成長させるということを描いている。

見返してみれば、わかるのだが、千と千尋の登場人物は全員が二重人格のようになっている。
 
ユバーバとゼニーバはわかりやすい陰と陽だね。

かまじいは千尋と最初に出会った時は厳しい、がんこじじいみたいな感じだったが、最後の方はただの優しいおじいちゃんに変わっていた。

それから、ハクは最初に千尋を助けたときは優しい好青年だったのが、千尋がユバーバと契約を交わした直後は「私のことはハク様と呼べ!」という冷たい感じに変わっていた。
 
他にもリン(千尋の世話役係)も最初は千尋に対しては冷たく、人間の教育係を任されて、厄介者ととして千尋を扱っていたが、だんだん千尋を認めて、面倒見のいいお姉さんに変わっていった。

後はカオナシ。最初は草食系男子のように影から千尋を見つめる程度のことしかしていなかったのが、最終的には絶対に千尋を手に入れてやるみたいな究極の肉食系男子に変貌を遂げた。
 
それに坊(ユバーバの孫)も千尋と最初に会ったときは千尋と遊びたいというじぶんの都合だけを押し通すようなわがままな赤ちゃんだったのだが、最後は坊がユバーバに頼んでくれたから、千尋は解放されたと言っても過言ではないくらい千尋にとっての命の恩人キャラになった。
 

人の二面性というのが人が成長する過程において必ず必要であることをあの物語では伝えたいのだろう。

つまり、厳しいだけでもダメだし、優しすぎてもダメ。成長するためには両者のバランスが大事なのだと。
 
ユバーバは坊を溺愛していただろう。だが、ユバーバが過剰に閉じ込めすぎたせいで坊は窮屈に感じ、結局ゼニーバの元に千尋と共に去って行ってしまった。

あれは子育ては甘やかしすぎてはダメだということだ。
 
大切にしすぎて、鳥かごの中に閉じ込めすぎていたら、自由を求めて、家出してしまった子供のようだ。

千尋は出てくる登場キャラクターから厳しさと優しさの両方を受取ることで、成長していった。
 
これは子育てにおいてもいえて、子供は5歳までは母親によく懐くし、父親よりも母親大好きという価値観になるのだが、5歳超えたあたりから、父親も子育てに参加しないと愛情に偏りが生まれて、子供のその後の人格に影響を及ぼすのだ。

偏った愛情を注がれた子供というのは大人になった時に復讐心が芽生えやすく、過去の認められなかった経験をエネルギーの源泉にして、何かを頑張ろうとするから、大人になって、とにかく他者に認めてもらおうとする振る舞いが多くなる。
 

そして、承認欲求から満たされる快楽というのは幸福感ではなく、満足感だから、どんなに頑張ってもなぜか満たされないという状態に陥ってしまう。

承認欲求ではほんとうの幸せは手に入らないということも千と千尋では描かれていた。
 
それはカオナシのシーンだ。

カオナシは最初、千尋をお金で買おうとしてた。金を好きなだけ生み出せるから、それを渡して千尋に喜んでもらおうと考えていたのだが、千尋は金に全く興味を示さなかったから、なんでだろうと思い、

カオナシが次に取った行動はひたすら金をばらまきまくって、不特定多数の人間にチヤホヤされるという方法に切り替えたのだ。実際、千尋以外の全員がカオナシの元に集まってたから、それにつられて、千尋も手に入ると考えたのだ。
 

金さえあれば、女は落とせるみたいな価値観の人達と同じだね。

でも、結局それでも千尋は手に入らなかったから、お金じゃないんだということにカオナシも気付いて、本当の幸せを求めて、最後はゼニーバの元で働くという形で終わった。
 
人間はこの形で人生のステージを上げていく。まずは欲しいものを何でも手に入れたいという欲望から始まり、それが手には入ったら、次第に飽きて、本当の幸福のようなものを求め出す。

みんなにチヤホヤされたい、モテたいという欲求が最初にきて、この段階に飽きた人はじぶんを理解してくれるたった1人の人を求めるようになる。
 
与沢翼とか、カオナシの実写版みたいな感じの人生を送っているだろう。笑

昔はお金ばらまいて、不特定多数の美女で常に周りを囲っていたけど、どういう風の吹き回しか、いまは家族が第一優先みたいな価値観になっているから、人間みなこうなるのだ。

お金に魂を売った男ですら、数年後には勝ち負けとかどうでもいい、じぶんの幸せを追求することが大事だ!みたいなこと言っているんだから、お金での幸福には限界があるということだろう。
 
というように、千と千尋では人間が成長していく過程を人間の陰と陽の二つの部分を用いて、表現しているのだ。

最後に千尋が元の世界に戻るときもハクに「絶対に振り向いちゃダメだよ。」と警告されただろう。
 
あれは過去の執着を振り切らないと人生は変わらないという暗示で、少しでも過去への執着が残っていれば、一気に元の世界線へ引き延ばされるというのを描いているのだ。

人生が変わるときというのは一瞬でも迷いがあったらダメだということだね。
 
過去に書いた内容がどんどん繋がっていって、すごい。千と千尋はやっぱり奥が深いね。人生が変わる神話をこんな形で表現するとは、、、

宮崎駿は天才。

ということで、終わり。
適当に感想よろ!

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