価値を決定づける二つの要素とは?コミュニティの時代との因果関係について。

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さて、久しぶりのブログ更新だ。キーボード打つのがめんどくさかったのと単純にインプットにハマっていたから最近、文章は書いてなかった。あ、文章は書いてないだけでアウトプットしてないわけではないから、インプットとアウトプットは別々にやればいいんだとは思わないように。

有料noteにも書いたけど、インプットとアウトプットは同時にやることで、効果は最大化するから、片方ずつやろうという発想はやめた方がいい。

ほとんどの人は片方ずつやろうとして成長への時間がかかりすぎる傾向にあるから、インプットしたものは必ずすぐにアウトプットすること。

アウトプットの全てを資産化しようとするのではなく、人に教えるとか独言でも何でもいいから、とにかく何らかの形で吐き出すということをしないとインプットする意味がない。この辺は意識して欲しい。
 

目的が知識のコレクトであれば別にいいんだが、僕の記事を読んでいる人は人生をより良くするために生きた知識をインプットしたいと思っているはずだから、アウトプット前提のインプットをしなくてはならない。いくらインプットしても、いざという時に、脳内の引き出しが開かなかったら何の意味もないからね。

という前置きからスタートしたのだが、今回はインプットとアウトプットの話がしたいわけではないので、脱線する前に話を戻す。

テーマはなぜコミュニティの時代と言われるのか?ビジネスをちょっと勉強した人であれば、今はコミュニティの時代だ!!なんてことは一度は耳にしたことがあるはずだ。だが、なぜコミュニティの時代なのか?と考えたことがある人も答えられる人もほとんどいないように思う。

コミュニティの時代の本質を理解しておかないと、今後、軸がブレまくるだろうし、「こんなことやってて大丈夫なのか?」という迷いが生じることにも繋がるから、この記事でコミュニティの時代と言われている背景をわかりやすく、解説しようと思う。

コミュニティを解説する前には価値の話をしなくてはならない。
 

価値を決定づける要素は二つある。

一つは人類へどれだけ貢献しているか?

人類への貢献度合いによって価値は乱高下する。だから、人の命を救うような医者や人の人生に多大な影響を与える弁護士のような職業は給料が高いのだ。ビジネスで言うと、「お金の稼ぎ方」や「ナンパのやり方」など、払ったお金に対して、得られる恩恵が大きいものに関しては高値で取引される。
 

年収1億円になれるものなら、5000万円払うし、確実に美人芸能人を抱ける保証があるのであれば、人によっては数百万、数千万払う人も出てくるだろう。

こういう人の人生にもたらすインパクトが大きいほど人は高額でもお金を払うのだ。どれだけ良いコンテンツでも漫画や映画には数百円、数千円しかお金は落とさないだろう。なのに、謎の情報商材にはあっさり数万円払う。これは人生にもたらすインパクトの差なのだ。

漫画や映画は面白くても、ほとんどの人にとっては娯楽の範囲でしかない。

だから、それらで大金を取ることはできないのだ。作る手間は圧倒的に漫画や映画の方がかかっていたとしてもだ。価値とは人生にもたらすインパクトで決まる。
 

どれだけ頑張ったかは関係ないとよく言われるだろう。ビジネスにおいては自動化さえすれば、遊んでても価値を生んでいるんだから良いだろうという主張だ。

自分の肉体を酷使していなくても、自動化によって、他人の人生に影響を与えることができれば、富を生むことは可能になる。反対に、どれだけ汗水垂らして頑張っても、それが必要とされていないことであれば、価値を生むことはできないので、無駄な頑張りということになる。

だから、ビジネスを組み立てる際は相手にどれだけの影響を与えれているかの度合いを考えながら組み立てて欲しい。差別化のことばかり考えすぎて、飲食店を無人島に設置してしまったりしたら、本末転倒だろう。相手はあくまでも人間だということを覚えておくのだ。
 

価値を決定づける要素の二つめ。

それは希少性である。どれだけ役に立つものでも、希少性が薄かったら、価値はどんどん下がっていく。テレビやパソコンは昔と比べると、どんどん値段が下がっているだろう。それは希少性が下がってきているからだ。みんなが持っているものは役には立つけれど、価値にはなり得ない。

その辺に落ちている石ころが全部ダイヤモンドだったら、ダイヤモンドに価値はなくなる。

医者の価値が高いのは入学試験の難易度が高く、限られた人しかなることができないからだ、医者がコンビニ店員並みに誰でもなれてしまうものであれば、価値はない。僕が情報や知識に価値はないとよく言うのは、インターネットが発達したことにより、それらが国民に平等に分配されるようになったからだ。

もちろん、何のオリジナリティも開花させずにただの情報をそのまま横流しにするだけでも一応マネタイズはできる。

それらを知らない人に情報を売ることはできるからだ。だが、知らない人が知った状態になると、もう情報は売れなくなるわけで、これは永遠に新規集客し続けなければならない修羅の道だからやめた方がいいということを僕はこれまで、いろんな角度から言ってきた。
 

この、人類への貢献度合い✖️希少性で価値は決まる。

どちらかが0であれば、価値は0だ。コンビニ店員に価値がないのは、人類へは貢献しているんだけど、希少性が0だからだ。だから、多くの人はなりたいとも思わないし、時給も一定のまま変化しないのだ。

そして、希少性がないものの欠点として、価格競争に巻き込まれることが挙げられる。

今は時給900円で雇用が成り立っているとしても、急にアフリカ人が現れて、時給100円でいいので、雇ってくださいなんて言われたら、時給900円で雇われている人は解雇され、時給100円の方が雇われる。そして、その後、段々と時給100円にアルバイトの価値は収束してくいくようになる。

これは極端な例だが、誰でもできることをやっているということは「安く雇える方が選ばれる」ということを覚えて欲しい。

良い例が、松屋、吉野家、すき家。どれも似ていて、希少性がないので、牛丼の価格競争に巻き込まれている。あれは企業なので、薄利多売のモデルでも成り立つが、僕ら個人が同じようなことをやると、間違いなく転覆する。
 

そして、かなり前置きが長くなったが、この記事で本当に書きたかったことはここからで、価値=人類への貢献度合い✖️希少性を最大化させるにはコミュニティの形成が最も適しているということだ。

コミュニティというのは何かに所属している必要はなく、理想の未来に向かって、ずっと継続している感覚があるものはコミュニティだ。企業で言えば、アップルがわかりやすい。

コミュニティを形成すると、競合しないで済むので、アップルみたいに明らかに他の企業に比べて価格が高いような製品でも「アップルが好きだから」という理由で売れてしまう。

しかも、アップル製品は全てが繋がっており、iPhone、MacBook、エアーポッツなど揃えれば揃えるほど、生活は便利に快適になっていく。

これがコミュニティの破壊力。アップル商品を揃えれば揃えるほど、人類への貢献度合いが高まる。

さらに、他の企業とは競合しない希少性。顧客がファン化され、蟻地獄のようにハマっていく。こうなれば、理想の未来を提示し続ける限り、ずっとファンは課金してくれるので、ビジネスは安定していくというわけだ。
 

ただの情報で勝負している場合はこういう現象は起こり得ない。機能的価値で勝負していると必要な時にしか購入されないので、安定はしない。

つまり、商品を出しても売れるか売れないかわからないという状態が起きるのだ。たまたま牛乳が切れている家庭には牛乳を売ることはできるかもしれないが、切れていない家庭には売ることができない。そんな感じになる。その時にその情報を欲してなかったら商品は売れない。
 

だが、アップルのようなコミュニティは「アップル製品が新商品を出したらとりあえず買う」というような層がかなり多いから、新商品の機能的価値は使ってみるまでよくわからないけど、買ってみると何かいいことあるだろうというコミュニティに対する信頼に対して彼らはお金を払っている。

僕も自分の発信においてはこれを意識していて、ケッキング山田が作る有料コンテンツなら間違いないと思って欲しいから、独自の世界観を形成するし、僕のフォロワーにもそのような運営を勧めているのだ。コミュニティを形成できれば、競合しなくて済むから。

独自の世界観を作り込むには人より学習しなくてはならないし、すぐに結果に結びつかないかもしれないが、長い目で見ると、このやり方が明らかに繁栄の道なので、目の前に転がっている甘い果実を我慢して、自己成長に全振りして欲しい。誰でも簡単にできることはすぐに必要とされなくなるのだから。

と、ダラダラ書いてきたが、これが漠然とコミュニティがいいと多くの人が言っている理由の大まかな解説だ。答えは価値を最大化させるため。

終わり。
では。

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