どんな人に人は集まるのか?魅力とブランドについて

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今日は「魅力」について考えたので、思ったことを言語化していく。

魅力的な人間とは定義が広すぎる曖昧なものだ。例えば、外見が魅力的な人と内面が魅力的な人。両者の魅力は全く違う。
 
また、外見が魅力的な人にもいくつものパターンがある。かっこいい系の魅力、可愛い系の魅力、雰囲気的な魅力。内面の魅力にも、優しさ、厳しさ、ギャップ、頼りがい、など「魅力」の要素を挙げれば、キリがないだろう。

そして、発信における「魅力」とは発言が合ってるか、間違っているかは関係ない。正しいことを言っているのに、魅力がない人もいるし、間違ったことを言っているのにそれが魅力的なものに映ったりもする。
 

これはTwitterを見ているとよくわかる。フォロワーは正しいことを言っている人ではなく、「魅力的な人」に集まっている。僕は何か特別な専門的な知識があるわけではないが、フォロワーをある程度は集めることができている。時には間違ったことも言うだろう。だけど、人は集まる。

他にも中学生ブロガーとか高校生起業家とか、人を集めるのが上手な若者がSNSにはたくさんいる。これも彼らに何らかの魅力があるからだ。

何が言いたいのかというと、勉強を続けて、頭が良くなり、正しいことが言えるようになったとしても、他者にそれが魅力的に見えなかったら、価値を生むことはできないということだ。

「魅力」とは一般化して定義することはできない。僕の魅力とあなたの魅力は違うものだ。大事なことはじぶんの魅力を理解し、他者に惑わされないこと。じぶんの魅力を光らせることさえできれば人は集まってくる。
 

だけど、SNSでは他者に魅力を見せられ、真似したくなってくる。もっと言うと、「この人みたいにならないと、人を集めることはできないんじゃないか?」という風に錯覚し、他者の魅力に引っ張られてしまう。

では、ケッキング山田の魅力とは何だろうか。考えてみた。僕は多くの人が言語化できないであろう部分を言語化して、わかりやすく伝えるのが得意だ。ここが僕の魅力であり、「どんな風にケッキング山田は言語化するのだろうか?」というところを僕のフォロワーは見てくれていて、そこに価値を感じてくれているのだと思う。
 

そこに一般的に正しいかどうかは関係ない。ケッキング山田の視点で正しいものにしてしまう。読んだ人が納得すれば、それは価値あるものとして、認識されるのだ。

シャネルやルイヴィトンもただのバックがあんなに高いのは一般的にはあり得ない。だけど、シャネルやルイヴィトンの世界の住民が納得しているから、ビジネスとして成立し、価値を生めているわけだ。

そこに一般的な正しさはないだろう。むしろ、常識的な金額よりも高額で売っているわけだから、一般的には間違っていると言える。
 

この一般的な型に当てはまらないということが大事なのだ。

つまり、僕の魅力を最大化させるには物事をいろんな角度から見る訓練をすること。そこに、多くの知識はいらない。知識を書けば、書くほど、僕の魅力は薄れていく。

知識の量は僕の魅力とはマッチしていないからだ。だが、決して、万人にとって、知識が必要ないと言っているわけではない。

大学教授とかメンタリストDAIGOとかの魅力は「知識量」だろう。彼らが僕と同じようなスタンスで「物事の考察」をし始めたら、彼らの魅力は薄れてしまう。

故に、じぶんの魅力を構成する要素を分解し、何をインプットすれば、じぶんの魅力は最大化するのか?をよく考えるのだ。僕が法律の勉強をしても役に立たせることはできない。僕の売りは「面白く、言語化すること」であり、「役に立つ情報」とは相性が悪いからだ。
 

だから、僕はじぶんの興味のあることを積極的に勉強する。それが一般的に役に立つかはどうでもいい。「面白く分解できるか」が僕にとっては大事なことだからだ。

だけど、弁護士や医者は「面白い情報」よりも「役に立つ情報」をたくさん知っている方が価値になる。

魅力とはじぶんのオリジナルのものであり、答えは自分にしかわからない。もちろん、人に聞いて、客観的な視点でじぶんの魅力を教えてもらったりもできるだろうが、自分で考え、答えを導き出した方が身になるし、その過程そのものが勉強になるから、じっくり自分で考えた方がいい。
 

全員、何らかの魅力は持っている。だけど、それをどう表現すればいいかがわかっていないだけ。

Twitter上にいる、情報発信してフォロワーを増やそうみたいに言っている人はインプットしたものをアウトプットすればいい。結果が出ていない人は量が足りていないだけ。努力が足りないだけ。で片付けられることが多いが、僕は違うと思う。

インプットとアウトプットは自分の魅力とマッチして初めて、価値になるのだ。僕がいくらビジネスの知識をインプットしてアウトプットしても、それを「面白くてかつわかりやすいもの」として言語化できなければ、価値にはならない。
 

ただの「役に立つ情報」としてアウトプットすれば、僕の発信する情報は書店に並んでいるビジネス書には勝てない。「役に立つ情報」としてではなく、「面白い視点」として、コンテンツを届けることを僕は意識している。これができなければ、唯一無二の価値にはなり得ないし、ケッキング山田の存在価値がなくなるからだ。

多くの人は意識的にアウトプットしているとは思うが、そのほとんどが「それはお前から聞かなくていいよ」というものになっている。

当たり前だが、素人ビジネスマンからビジネスを教わりたいなんて思う人はいない。いたとしても、本物の馬鹿だから、それは適当に射撃したのが当たっただけで、それがこの先もずっと続くか?と聞かれたら、続くはずがない。
 

だから、ビジネスマンであれば、実績の凄さや情報の正確性で勝負したらダメなのだ。最初に書いた通り、「魅力」とは定義できないものだから、ここで勝負するのだ。優劣がつけようのない「魅力」。それこそがあなたのオリジナルの価値なのだから。

その魅力を輝かせるための勉強であり、決して仕入れたものを出せばいいという脳死のインプットとアウトプットを繰り返せば、いつか報われて結果が出るなんて思わない方がいい。

「魅力」を輝かせることができた人が結果を出せるのだ。その意識を持って継続しないと、全てが水の泡になるし、一生不安から解放されない人生になるだろう。わからないまま頑張り続けることほど恐ろしいものはない。

この記事を読んで、自分自身の魅力を最大化させるために「継続」するんだと思ってもらえれば、嬉しい。

ということで終わり。
では!

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