魅力的な発信とは何か?なぜか読んでしまう文章の正体。

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今日は魅力的な発信とは何か?なぜか読んでしまう文章とは何ぞや?ということを解説していこうと思う。

ネット上にはたくさんの文章が散乱している。ビジネス系の人たちに関してはほとんど内容的には同じことを言っている。もちろん、僕も例外ではない。「魅力」について解説している人は他にもいるだろうし、僕が特別だと言うつもりもない。
 

でも、なぜかこの人の発信は見てしまう、この人の文章は読みたい。そう思わせられる一部の人間にフォロワーは一極集中するし、彼らに対してのファン化が進む。これは何も文章力だけの問題ではないのだ。文章が汚くても魅力的に見える人もいる。では、その発信における「魅力」とは何なのか?を言語化していく。
 

さっそく本題に入るが、魅力的な発信とは簡単に言うと、文章だけで「スカッ」とさせられるかどうか。もっと言うと、「なるほど〜」「確かに〜」という風に思わせれらているかどうか。

僕は最近、「リゼロ」というアニメを見たのだが、「リゼロ」の特徴として、ダラダラするシーン(面白くないシーン)が多いというのがある。

中盤だけを見ると、大して面白くないアニメだなぁという感じなのだが、毎回の話が絶妙なタイミングで終わり、とにかく次が早く見たいと思わせられる工夫が施されている。伏線の回収もかなりうまい。

最初の方だけを見ると、「なんで、そうなるの?」というようなよくわかんない出来事がたくさん起きて、困惑するのだが、最後の最後で綺麗に伏線が回収されて終わるから見ている側としても「スッキリ」した印象で終わることができる。

そして、リゼロを面白かったと僕らは認識する。実際に、リゼロの評判はかなりいいのだが、その理由は「スッキリ感」がもたらしている。
 

「スッキリ感」を演出するためには途中に「モヤモヤ感」を挟まなければならない。リゼロを見てもらえればわかるが、最後まで見ないと伏線が回収されない「モヤモヤ感」が途中ずっと残りながら、話は進む。

壮大な「スッキリ感」という花火を打ち上げるために「モヤモヤ感」をとにかく膨らませていく。これでしっかり、最後に見てよかった〜と思わせるような伏線の回収ができているからリゼロは面白いというような印象を多くの人は持つ。

面白くないアニメや映画はこの「スッキリ感」の演出が弱い。もしくはスッキリせずに終わるケースが多い。どこか不完全燃焼なのだ。
 

これは文章にも言えて、最初にある程度「こういう話をしますよ」という主張を必ず僕はするが、その主張に対して、読者の想像の範囲内で収まるようなことしか書けなかったら、面白くなかったという印象を抱かれてしまう。

だが、「魅力」について「こんな視点もあったんだ〜」と思ってもらえれば、面白いという印象を抱いてもらえる。とにかく、「結局、コイツは何が言いたかったんだ?」という風に思われてはダメなのだ。
 

オリジナルの視点で「なるほどなぁ」と思わせる。この「スッキリ感」の度合いで面白さは決まるから、知識を書けば書くほど、ためにはなるけど、驚かれはしないから当然、文章でマネタイズするということもできなくなる。

人はためになることや勉強になることではお金を払わない。何に対してお金を払うのかというと、「新しい世界を見せてくれる人」だ。
 

この人の発信を聞いていれば、「新しい世界」に行けるんだという期待に人はお金を払うのだ。だから、読者に「新しい視点」を提供することが大事。というか、これができなければ、発信活動において長く生き残ることはできない。

「面白い文章」を書ければ、とりあえず、読んではもらえるし、フォロワーも集まるかもしれないが、あくまでそれは無料だから読んでくれるのであって、じゃあ有料にしたら読むか?と言われたら読まないだろう。
 

「新しい価値観」を提示してくれる人にしか人はお金を落とさない。特に高額で売りたい場合は尚更だ。

というのをリゼロを見ながら、思ったわけだ。ってことで、短いし、キリがあんまりよくないが途切れたから今日は終わり。リゼロの続きを見てくる。では!

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