コンビニ経営と義務教育と奴隷のお話

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今日はビジネス戦略的な話をしようと思う。割と抽象的な話。

長い目でみて、お金と時間と精神的安心の全てを手に入れようと思ったとき、ぼくらはお金と時間をどこに配分してビジネスを作っていくかを考えなければならない。

この選択さえ間違わなければ基本的に時間の問題でうまくいくはずなのだが、どうやら多くの人はこの決断を間違えているようだ。お金持ちになりたくてコンビニ経営をやっているとしたらそれはただのアホだ。こんなものにいくら時間を投資したところで、頑張りは報われないし、負債が膨らむことはあっても資産が増えることはない。
 
なぜなら、コンビニ経営は仮に売り上げが他の店舗より多かったとしても、売り上げが多い地区だという情報が本部に伝わり、近くに同じコンビニが設置されるからだ。

同じ道にセブンイレブンが並んでいる光景も珍しくないだろう。消費者からしたらこれは便利だし、嬉しいことだが、コンビニオーナーからしたら地獄そのものだ。店頭には同じものを売っているわけだし、消費者も商品を買えたら別にどこの店舗でもいいと思っているので、必然的に顧客は分散することになる。

こうなると単純計算だが利益は折半にならざるをえない。
 

だから、コンビニのオーナーは経営者の仮面をかぶった偽経営者なわけで、本部にある程度収入をコントロールされているからサラリーマンと変わらないのだ。いや、仕入れをミスったり、廃棄を出しすぎたりしたら、損失も膨らむからサラリーマンより全然待遇は悪い。

構造的に儲からないし、やっていることは奴隷のようなものなのに、彼らはなぜ自らオーナーになってしまうのか。もちろん、セブンイレブンが好きでオーナーの業務が楽しくてしょうがない場合は別だが、ほとんどのオーナーはどうやらそうではないらしい。

ぼくはコンビニバイトをしたことがあるが、オーナーは辛そうだったし、店を設置するために借金をしてしまったから辞めようにも辞められないと言っていた。このように序盤に莫大なサンクコストをかけて、損切りさせないような仕組みを上手に上の方の人達は作っている。
 

優れた仕組みは奴隷で成り立っているというのが世の中の構造で、砂糖の製造なんかもアフリカの奴隷がいるからこそ成り立っている。コンビニも上層部が設けるために奴隷を従えているに過ぎない。現代は奴隷を奴隷のように見せない技術が発達しただけで、本質的には奴隷は絶滅していないのだ。

いくら法律で奴隷制度はダメです!みたいな決まりを作っても今まで奴隷を使って、インフラを整えてきたのだから、明日から急に奴隷は必要ありません。なんてことにはならないだろう。奴隷がいなくなれば、国は回らないし、みんながフリーランスになれば、あなたは毎日好きな時にご飯を食べて、好きな時にテレビを見ることができて、好きな時にAmazonからものが届くこともなくなる。
 

必ず、国の血液となっている人達がいるということは覚えておかなければならない。もちろん、そういう人達には感謝しなければならないと思っているが、同時にぼくはそうはなりたくないとも思っている。

ここはあくまでぼくの考えを吐き出す場なので、正論がどうとかは考えず、適当に聞き流して欲しい。
 

奴隷の話に戻る。

奴隷に奴隷と感じさせない構造を作り上げる諸悪の根源が義務教育であり、あそこは学習する場ではなく、平等に権利を与える場。人間は奴隷と貴族に分類されるわけなのだが、最初から生まれた環境によって、奴隷と貴族という風に差別をすると、後に奴隷が一致団結し、革命を起こされて国が崩壊するから、そういう仕組みは長い目で見るとうまくいかない。

歴史の教科書にも書いてあっただろう。一揆というやつだ。身分階級はピラミッドのような構造になり、必然的に貴族が少なくて奴隷の人口が多くなるから奴隷が全員で結束すれば、簡単に下克上されてしまう。

だから上の層は奴隷に下克上させないためにルールを設置したのだ。
 

それが義務教育。

最初から貴族と奴隷に分けたら、いずれ反乱が起きて国は滅ぶから奴隷をコントロールするために国民全員に平等に権利を与えてしまえばいいという最適解が出されたわけだ。しっかり勉強して賢くなれば進路は広がりますよーというのが大まかな仕組みだし、実際に高学歴な人ほど選べる職業が多くて、低学歴ほど少なくなっているだろう。

一見、全員にチャンスが与えられていて、平等な制度かのように見えるが、実際は優秀な親の子供は優秀になるし、無能な親の子供は無能になるケースが多い。

そりゃそうだ。
 

優秀な親は勉強のやり方とかもしっているし、お金も持っているから優秀な家庭教師もつけることができる。しかも、ある程度こうすれば人生はうまくいくだろうみたいなものもわかっているから、子供もそれを引き継げるのだ。

イメージとしては新しいゲームなのに、旧作ゲームの強いデータを引き継ぎした状態で始めている感じ。そりゃ強いだろう。反対に、無能な親の子供は全部じぶんで切り開いていかなければならず、幼少期に負け組の価値観を植え付けられるから厳しい戦いを強いられることになる。

こういう背景があるのに義務教育という制度で平等に勉強できる機会を与えることで責任を個人に転嫁できるのだ。結果を出せなかった人は自己責任だから、進路狭まってもしょうがないよねっていうようになっているだろう。うまくいかないのは国のせいではなく、じぶんのせいと思わせる仕組みが義務教育。
 

って、何の話だっけ。めちゃめちゃ話がそれたからこの辺で一端、まとめる。構造を捉えた上で戦略を立てることが大事だということ。コンビニ経営のように構造的に負けが確定しているようなものに手を出してはいけないのだ。今しているものの継続で道がどんどん広がっていくイメージがあるのであれば、それはたぶん正しい。

ぼくは文章力を上げつつ、ついでにフォロワーも増やしているがこれは相性が良いし、その先の可能性も未知数だろう。
 

まず、文章力というのは可能性が無限大でかつ書いたものは資産としてネット上に残り続ける。しかも、ツイッターと連動させればフォロワーもどんどん増えて、企業コンサルや個人コンサル、ライターとしての依頼もくるかもしれない。しかも収入の伸びも上限がないので、じぶんの頑張りに比例して人生はよくなっていく。

楽しくじぶんを成長させつつ、その先には無限の可能性が広がっている。こういうものにお金も時間もかけなければならない。格闘ゲームでも上手い人というのはコンボ技を綺麗に決める。スマブラの世界戦とか見てみればわかる。とにかく、無駄がなく全ての技に意味が宿って、つながっているような感じだ。

このように僕らの一つ一つの行動も連動していなければダメだし、常にコンボを決めるイメージでビジネスを組み立てていかなければならない。

相乗効果を生まないモデルは継続してもあまり意味が無いので、その辺はしっかり考えること。
 

コンビニ経営のようにやればやるほど、沼に沈んでいくビジネスや単発で稼いで全く次に繋がらないようなことをいくらやっても、人生はよくならないので、構造を把握してじぶんのビジネスを組み立てることが大事だよって話だ。

疲れたんで、この辺で終わり。
では!

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  1. 2018 05.13

    無駄な練習

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