鬼滅の刃と平成と令和の価値観の変化について

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さて、今日も記事を書いていく。

お題は鬼滅の刃について。
昨日書いた、千と千尋が好評だったので、次は鬼滅の刃を題材に記事を書いて欲しいというリクエストに今日は答える。

鬼滅の刃を題材にどうにかして、おもしろくてかつ学びにもなる形に持っていこうと思う。
 
鬼滅の刃を知らない人は今日の記事はスルーで!
毎回説明を加えるのはめんどくさいし、ある程度は知っている前提で書いていくので。

まず、鬼滅の刃は2019年に急にヒットしてONE PIECEをぶち抜いていって話題となった漫画だ。興味あるなしにその時々に売れている漫画というのは見た方がいい。

人々がいま、どんなものに興味を持っていて、時代がどういう風に移り変わろうとしているかの予測ができるからだ。
 

2019年までは10年間くらいONE PIECEの一強だったのに、急に追い抜かれたんだから、何かはあるだろう。

2019年は令和元年だ。
 
だから、平成と令和という視点で書いていこうか。

というか、いろいろ考えたけど、鬼滅の刃だけで書いていくのは難しいから、いろんな漫画と対比させて書いていくことにした。

それに鬼滅の刃だけ書くと、ただのぼくの感想になるから、おもしろいものにはならない。世界と世界をつなげるから、その視点に価値が宿るのであって、感想自体に意味はない。
 

だから、鬼滅の刃をメインには書くけど、他の漫画もちょくちょく混ぜる。
 
では本編。

まず、平成の代表作と言えば、ONE PIECEとナルトだね。後半に進撃の巨人かな。
 
ONE PIECEやナルトって主人公が大きな夢を持っていて、諦めずに努力して、夢を叶えるために死に物狂いで頑張るみたいな世界観だったように思う。

だから、平成の子供達は将来の夢をみんな持っていた。サッカー選手になりたい、野球選手になりたい、パイロットになりたいとかそんな感じだっただろう。
 

一言で言えば、未来に対して、希望に満ちあふれていたのだ。

まだネットがそこまで普及していない時代だったから、外の世界を知らずに頑張れば何にでもなれるという想いが心のどこかであったはずだ。思い返してみれば、ぼく自身もそうだった。

なんか知らんけど、自動的に幸せな人生がずっと続くんじゃないかと思っていた。
 
進撃の巨人のエレンやアルミンの幼少期のようだね。ネットがない時代は良く悪くも平和だった。今ほど格差はないし、レールに乗っているだけで、そこそこ良い未来は訪れたのだ。
 

だが、平和なんていつまでも続くわけじゃないし、壁は突然壊された。進撃の巨人がちょうど、ヒットしだしたタイミングだ。

まぁ、もちろん、現実世界で目に見える大きな変化があったか?と言われれば、ないだろう。ただ、スマートフォンが普及したくらいかな。
 
スマートフォンが普及したことにより、個人の扉が開かれた。これはよくも悪くも安定が破壊された瞬間だ。できるやつはどんどん上に行くし、できないやつは取り残されるという二極化構造に拍車をかけたのだ。
 

そして、世の中にネットが浸透したことにより、単純労働の価値がかなり下がったし、次はAIの時代なんて言われてるんだから、これらが淘汰されるのも時間の問題だ。

つまり、ワンピースやナルトが盛り上がっていたときはみんな明るく夢を持っていたが、進撃の巨人がヒットしだして、壁が破壊され、世界中の人がライバルになり、実力至上主義のフィールドに書き換えられたから、一気に漠然とした不安が国民を襲うようになった。
 
実際、今はほとんどの日本人は豊かなはずなのに、将来に対する漠然とした不安がある若者は多いだろう。それは壁が破壊されたことにより、いま、じぶんより下にいる人達から一気にぶち抜かれる日がきて仕事を失うんじゃないか?と心のどこかで思っているからだ。
 

当然、インターネットはそういう下克上を可能にするアイテムだから、怠惰に過ごしていたら、いつの間にかオワコン化しているだろう。

進撃の巨人はまさに国民の深層心理を描いていて、壁が壊されて、怖くなって内側に逃げる人(より高い権威性にしがみついたり、貯金残高を増やそうとする人)と壁の外側に突っ込んでいく人(レールから外れて、じぶんでビジネスをして新しい世界を見ようとする人)に綺麗に別れた。
 
当然、壁は壊されているんだから、強敵が侵入してきて、内側に逃げた人間が消えるのは時間の問題だ。もちろん、漫画と違って現実世界の住民は死ぬことはないが、より貧困になり、生きづらくなり、自由を失うことは間違いない。

ということで、時代は変わったんだから、勇気を出して壁の外に踏み出そうというのが進撃の巨人の大まかなメッセージだ。
 

そして、令和になり、進撃の巨人から鬼滅の刃にパラダイムは変わったが、両者ともに絶望的な状況から始まることは変わっていない。
 
鬼滅の刃も家族が殺されて物語が展開されていくだろう。

だけど、進撃の巨人に比べると鬼滅の刃は明るい感じの世界観だ。
 
実は鬼滅の刃はファン層のほとんどが若い層らしく、この作品は現代の若者の価値観を象徴しているなとも思った。

鬼滅の刃は敵キャラがよくわからない技を使ってきたり、主人公が急に最強の技を出したりみたいな「え、それいつ習得したん?そんな設定あったっけ?」と突っ込みたくなるような描写が多数ある。
 

修行シーンもなく、「まぁ、そういうもんか」で受け入れることが前提なのだ。

昔のONE PIECE的価値観の人はこれが気持ち悪いみたいだ。ONE PIECEはなんだかんだ、後から伏線は回収されて、スッキリするような構造になっているが、鬼滅の刃は普通に何の回収もなしに、あっさり終わった。
 
まぁ、雰囲気で楽しめればいいよね!という若者的価値観だ。ティックトックとかもそんな感じだろう。あれもよくわかんないけど、「雰囲気を感じてくれー、わかってくれー」という面白さを視聴者にゆだねる感じだ。
 

つまり、伝わる人には伝わって、おもしろいといった反応が来るのだが、なにがおもしろいかさっぱりわからない人にとっては意味不明だろう。

というように昔は時間厳守でしっかり働くみたいな全体的にきっちりしていないとダメみたいな感じだったのだが、現代では全体的にかなり適当な雰囲気が漂っている。
 
ツイッターでも多くの人が有料noteを販売していて、こんなのが売れるの?というレベルで適当だ。昔のビジネスの世界ではこんなことはありえなかった。
 
鬼滅の刃でもまさに、この時代の変化を象徴しているなと思った。

最後の無限城で強敵と戦うシーンでも、大した作戦もなく、その場に居合わせた人達でパッとチームを組んで「よし、戦おう」という感じだ。つまり、良くも悪くも後先を考えてなく、臨機応変に対応している。

まさにこれは今までの平成の価値観のように先のこともしっかり考えて、人生の計画を立てるのではなく、令和は大まかの方向性を決めたら、走り出し、その都度起こるイベントに対応して、柔軟に対応していく時代なんだよというメッセージが込められているように思う。
 

だって、今は時代が変わるスピードはとんでもなく速いんだから、計画なんて立ててもそれ通りにならないし、後先を考える事自体が不毛なのだ。

そして、ビジネス的にも学び方を変えないとダメなような気がしている。
 
今までは過去の成功者から学んで、師匠の後を追うという学び方がスタンダードだったが、これからは過去の成功者も新しい人から学んでアップデートしないと取り残されていく時代なので、過去の成功者からも良いところだけを吸収しつつ、新しい人からも学ぶスタイルが良いだろう。

これからも彗星のごとく現れてくる若者はたくさんいるし、彼らの方が過去の人よりは時代にマッチした手法でビジネスをしている。
 

ぼくもビジネスの原理原則みたいな普遍的な抽象概念は過去のすごい人から学んだが、最新のマーケティングについてはフォロワー増やすのがうまい人を見たりして、観察している。

流行廃りというのはその都度変わるから、今の人はどういうものに共感し、どういうものが流行っているのかみたいなところはよく見ている。
 
今の流行というのは最新のものを見ないとわからないのだ。

ということで、鬼滅の刃はあんまり登場しなかったが終わり。
適当に感想よろ!

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