なぜ、アイドルは選抜制度を取り入れるのか?

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おととい、欅坂46の映画を見に行って、ふと思ったから書く。

映画自体は長編MADみたいで、あんまり、おもしろくなくて途中からスマホいじってたんだけど、一つネタに出来そうだなと思ったことがあったんで書いていく。
 
それはアイドルがなぜ選抜制度を取り入れるのか?
ということだ。

あの制度は一見、誰も得しないように見える。

選抜に選ばれる人、選ばれない人がいるとアイドル達の仲も悪くなるし、人気の子がいじめのターゲットになったりもする。
 
しかもファンにとっても推しメンが選抜メンバーに選ばれなかったら、良い気分がしないし、秋元康は見る目がないなどとアンチを生む原因にもなる。
 

とくに欅坂46は途中までは唯一選抜制度を取り入れてなかったグループだから、選抜制度が取り入れられることになって、メンバー達もなんで、平和な世界を壊すの?みたいなリアクションだった。
 
あのようなリアクションをされると新しいメンバーも入りづらいし、ギスギスした雰囲気を生んでしまうから、一見誰も得しないし、YouTubeのコメント欄やネットの書き込みでは秋本康はアホなんじゃないか?

みたいなこともチラホラ書かれていたが、当然アホなのは何も見えていない傍観者達だ。

普通に考えて、彼ほどの天才が何の意図もなく、選抜制度を取り入れるわけがないだろう。
 
選抜制度とはアイドルビジネスの発展においては必要不可欠な要素なのだ。

秋本グループのアイドルのコンセプトは何者でもない普通の少女達が夢を叶えていくというストーリーだ。その少女達がどんどん成長していく過程をファンも共に楽しんでお金が発生している。
 
もちろん、曲だけ聞いて満足という無課金ユーザーもいるだろうが、彼らはファンとしてカウントしていない。

ガチファンはアイドル達と共にストーリーを消費している。
 
そして、ストーリーを最後まで消費してもらうのには途中で現れる、苦労、困難、最大の試練が必要不可欠な要素になってくる。

物語というのはずっと平和な世界だったら、何もおもしろくない。先が見えないし、絶望的な状況からどうやって這い上がるんだろうというところを見せないと読者は感情移入しないのだ。

もっと、言うと、視聴者が大体こういう展開になるだろうなぁというのを裏切り続けた場合のみ、その物語は初めておもしろいコンテンツとして消費される。
 

文章でも同じ。タイトルみただけ、ケッキング山田はだいたいこのような内容の記事を書くんだろうなと読者に簡単に予測されてしまうものであれば、それはおもしろい記事とは言えない。

パラダイムをシフトさせなければ、読んでもらった後の後味が悪くなるから、次のコンテンツは二度と見てもらえないだろう。
 
アイドルもかわいい子だけを集めて、歌って、踊って、おっさんにチヤホヤされて満足というレベルでいいのなら、ストーリーなんて作らずに、着ぐるみパンダのようにかわいさだけで人を釣る手法でもいいだろう。

だが、より多くの人を巻き込むためには絶対にストーリーは必要だ。
 
そう、つまり、選抜制度はストーリーを演出するためにあえて、アイドル達を苦しめるための苦労や困難なのだ。

一見、アイドルもファンも選抜制度さえなければ、みんな幸せなのに、、、と思うだろうけど、選抜制度があるからこそ、ストーリーはおもしろくなり、この状況をどうやって攻略しようかとアイドルもファンも一緒になって考え、共に努力し、ストーリーにのめり込んでいくのだ。
 
じぶんの推しメンが人気メンバーにならない限りは選抜メンバーに選ばれることはない。だから、推しメンを選抜入りさせるためにファンも頑張るし、推しメンが同じファンも結束し、そこでも小さなコミュニティが生まれる。

そうやって、かわいくてチヤホヤされるだけという完璧なアイドル像をあえて、壊すことで、その壊れた部分をアイドルとファンで修復しようと協力し、その成長過程によりお金を発生させているのだ。

つまり、秋元康はじぶんでガラスをぶっ壊して、そのガラスを修理するためにアイドルとファン共に協力して下さい。というような試練を与えて、ファンが握手券買いまくり、推しメンを押し上げ、修理代以上の経済効果を発生させているのだ。
 

壊すことでさらに良い物を作るという感じかな。

創造の前には破壊が必要とよく言われるように、破壊の部分を担う選抜制度というものはアイドル達が進化するためには必要な要素なのだ。
 
と、ここまでが従来のアイドルグループなのだが、欅坂46は9枚目シングルまでは選抜制度を取り入れなかった。

それはなぜか?

センターの平手友梨奈という表現力がずば抜けた天才センターがいたことにより、1枚目シングルから爆発的なヒットを生み、破壊して、創造させるというステップが不要になったからだ。
 

いきなりG1レースに出走して優勝しちゃうもんだから、この場合はしばらくは破壊しない方がいい。

マリオカートでいうと最初からスター状態で誕生したようなもので、ここで変な運転してショートカットとかするよりはこのまま現状維持でいった方が効率が良いと運営陣も思ったのだろう。
 
欅坂46はこのようなやり方を取ったから、最初の方はセンターの子にしか注目が集まっていなく、周りの子は完全に平手友梨奈のバックダンサーだった。

当初は平手友梨奈のストーリーしかなかった。注目されるということはそれ自体が重圧になるし、さらにアンチも生んでしまうから、そこをどう乗り越えるのか?

という部分はストーリーになって、多くの人は楽しめると思うのだが、他の人達は選抜制度があって、特に落とされるわけでもなく、ただ平手友梨奈の人気にあやかっていたという感じだ。
 

そして、しばらくはこの路線で続けていたのだが、平手友梨奈が体調を壊す機会が増えて、このままじゃグループごとオワコンになるということで、選抜制度を取り入れて、全員にストーリーを付与して、再浮上を試みているということだと思う。

実際、平手友梨奈はもうグループを脱退したのだが、彼女がいない欅坂は、もはや別グループのようになっていたし、平和すぎて、メンバーに危機感がなくなったら、組織は崩壊するという良い例だろう。
 
長きに渡り、繁栄をもたらすには絶対的なものはダメなのだ。どこか、欠点や儚さがあったり、未完成でなければならない。

絶対と思った瞬間に、視野が狭くなるから、絶対に沈まない船タイタニック号のように結果的に沈む運命をたどる。

創造と破壊を繰り返すことにより、結果的に事物は絶対的なものになっていく。筋肉も細胞を破壊するから、さらに強い細胞が生まれて、筋肉は大きくなるわけで、破壊することができない人、執着を手放すことができない人というのは循環を生み出せないから、一生人生も変わることはないのだ。
 

居心地がよくなったら、その環境を壊して、さらに居心地のよい空間を作るための努力をする。そして、また壊す。これの繰り返しで人生はよくなっていくし、創造と破壊を繰り返すことにより生まれる磁場が苦労や困難を乗り越えるためのストーリーを生むので、同時に人も引き寄せるというわけだ。
 
秋本康が選抜制度を取り入れたようにぼくらの人生にも選抜制度という名の破壊概念を作り出すことによって、人生はよりよい方向に向かっていく。

全ては破壊から始まるストーリー。

終わり。

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