満足感だけを追い求めても幸せにはなれない

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幸せって何なんでしょうか?

僕は最近、ふとこういうことを考えます。

お金を持てば幸せ?自由な時間を持てば幸せ?
多くの人はお金、時間の両方を持つことができれば幸せに
なれると思っているでしょう。

人生には確かに客観的に見た勝ち負けはあるでしょう。
学歴、収入、容姿などは他人との比較で優劣がつきます。

しかし、これらで他者と比較して勝つことが出来れば、
果たして幸せになれるのか?
と言われたら、半分以上の人が幸せになることはできないでしょう。

この時に得られるものは幸福感ではなく、一時的な満足感です。

毎日、楽な方へ流されて家で1日中ゴロゴロしてYouTubeを見たり、
友達の家でずっとゲームをしたり、これらはその時は楽しいかもしれませんが、
そのひとときの時間が終わると虚無感に襲われることが多いです。

これが満足感ですね。

反対に幸福感とは一体どんなものでしょう。

短期的な快楽を我慢し、自分が本当になりたいもの、したいもののために
努力している時に得られるものです。

例えば、サッカーの練習、受験勉強などそれらをしている最中はきつくても
終わった後にこれらは達成感がありますよね?

これらの積み重ねが幸せとなります。

よく勘違いしているのはいま楽しければそれでいいみたいな思考の人は
ずっと満足感だけを追い求めていきます。

満足と幸せを勘違いしているケースですね。

こういう人は今を楽しむことに全力を注ぎ、パチンコなどのギャンブルが好きな
タイプが多いです。

長期的な目標を達成視するための下積み期間というのに耐えられないんでしょう。

僕も中学校、高校までは満足感を重視する思考でした。

毎日毎日、友達とだべり、テレビゲームで盛り上がり、
今日も楽しかった。
みたいな日常を送っていたのです。

そして、今を楽しむことを永遠に継続すれば人生は
幸せになると思っていたのです。

しかし、その幸せとはいろんなベールに包まれた上で存在するものでした。

それは親に住む場所も食事も携帯もお金も全て与えられていたということ。
そして、いずれはそれらは自分のお金でやりくりしなければならないということ。

僕は大学生になってから、永遠に満たされると思っていた幸せが学生という
身分がある時限定だということに気付きました。

よく考えれば、当たり前のことなんですけど、
当時の僕にはそれが全く気付かなかったんですね。

僕は満足感ばかり追い求めてきました。
だからこそ、今は幸せというものを深く追求しているし、、
快楽ではなく、自分自身の努力の結果得られる達成感を
感じ取りたいです。

ブログもそのために書いているようなものですし、
ブログは自分自身の成長を記録してくれています。

毎日、違う事を考え、全く同じ発信にならないところが
情報発信の面白いところです。

僕は自分の発信で誰かの人生に影響を与えたいからこそ、
記事を書き、自分自身の思考を言語化しています。

多くの人は幸せとはお金、時間に依存するものだと考えがちですが、
それなら小学校の時、幸せじゃなかったのか?
と言われればそうじゃないでしょう。

むしろ、ある程度の制約があったからこそ夏休みが
楽しかったりしたのだと思います。

短期的な快楽に飲まれる人間になるとこれは癖になり、
ずっと楽な方向へ流され続けるでしょう。

幸せとは必ずしも楽しい側面だけではありません。
嫌なこと、やりたくないことも全て含めて幸せなのです。

だから、僕は自分のやりたいことをやるためにやりたくないことも
積極的にやっていこうと思います。

逃げ続けても必ず同じ壁が立ちはだかるのだから、覚悟を決めるのは
早いほうがいい。

そう思って、1日1日を大切に生きていきます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ではでは。
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